こんにちは、成宮陸雄です。本日は道場と六徳舎の大掃除を行いました。今回の六徳舎の大掃除はかなり気合を入れて、床に長年こびりついていた汚れまで重曹を使って落としたのですが、汚いものが大好きな同期の櫻井は、汚れているのが本来の六徳舎なのであって、汚れを落とすのは六徳舎の服を脱がすようなものだ、などと愚痴をこぼしていました。櫻井よ、汚れが服だとかいう前に、まず君が服を着なさい(彼は氷点下の北海道に半袖で降り立ち、見事にインフルエンザにかかりました。バカな上に風邪も引くという、どうしようもない男です)。
2023年も年の瀬を迎えましたが、私の2023年は色々と新しい体験をした年になりました。上級生、三田での授業、ゼミ、講道館練習、日本武道館での試合、就活・・・個人的にはなかなか刺激的な1年だったと思います。また、特に就活というものを意識したこともあり、数々の新体験の中で自分と向き合う機会が多くあった1年でもありました。なんのために学ぶのか、なぜ柔道をしているのか、部の一員として、上級生として、成宮陸雄として、何ができるのか。これらの問いのほとんどは未だ答えが出ていません。
ただ、私の大学最後の年、2024年を全力で駆け抜けるためのスローガンは定まりました。それは
独立自尊
慶應義塾の理念の真髄とも言える言葉で、幼稚舎出身の私は幾度となく耳にしてきました。字面だけ見ると、人に頼らず自己の尊厳を守る、やたらとプライドの高そうな言葉ですが、福澤諭吉がこの言葉を解いた背景を鑑みるとただそれだけの言葉ではないようです。
封建制が終わりを遂げ、平等自由の国となった日本が独立国としての体制を維持するために、国民に求めるものは何か。それは各人が独立した意思を持ち、誰かに依存せず決断し行動すること、つまり独立自尊。侍が彼らの殿様に仕え、その殿様たちも将軍家に仕える、依存に依存を重ねた状態から脱却し、日本を目覚めさせるための言葉だったのです。組織の中であっても、組織として直面した問題の解決を誰かに任せるのではなく、自分にできることを見つけ全力で実行する。時には仲間に頼ることも必要でしょうが、それは仲間と共に自分も全力を尽くすことが大前提です。慶應義塾の学生としての最後の年になってこの言葉に至るとは、原点こそ最先端。感慨深いものがあります。
社会人という大いなる責任を伴う存在になるまでのあと約1年、己の原点に立ち返り、塾柔道部の中で自分の確固たる存在意義を確立し、最上級生としての意地とプライドを持って、チームに貢献するべく精進して参ります。今回はこれにて失礼いたします。
P.S. 櫻井くん、やたらとコケにしてしまい申し訳ありません。