「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの者を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり。「実語教」に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由って出来るものなり。また世の中にむつかしき仕事もあり、やすき仕事もあり。そのむつかしき仕事をする者を身分重き人と名づけ、やすき仕事をする者を身分軽き人という。すべて心を用い心配する仕事はむつかしくして、手足を用いる力役はやすし。故に、医学、学者、政府の役人、または大なる商売をする町人、あまたの奉公人を召使う大百姓などは、身分重くして貴き者というべし。

こんにちは、医学部三年の城崎です。日誌の順番を乱してしまい申し訳ございません。 というのも昨日まで試験がありまして、どうも時間をとれませんでした。 冒頭の文は、この部員日誌をご覧になってらっしゃるみなさまなら暗唱できるほど何度も読まれている方も多いと思いますが、明治時代の大ベストセラー『学問のすゝめ』の初編の冒頭文です。12月に入ってからずっと試験期間だったのですが、試験勉強をしていると勉強とは何なのかが分からなくなる瞬間があるような気がします。そんなときはこの文を思い出せばばっちりですね。是非世の中の「勉強が嫌い」と言っている子供たちに読ませたい文だと思います。 ただこの文にはちゃんと続きがあります。

学問とは、ただむつかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。(中略)今かかる実なき学問は先ず次にし、専ら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。

医学部での過程もようやく半分近く終わりました。最近では病気の時の(=異常な)組織の状態を学んだり、感染症を引き起こす病原体を学んだりとより医者っぽい科目が増えてきまして、自分は実学をやっていると思えるようになってきました。 また、たまたま先日、志木高の先輩で昨年度医学部を卒業し今では青森県で雪に埋もれているという超級の柔道家とお会いする機会がありました。そこで研修医の実態を少しお聞きして、将来の自分のビジョンがぼんやりと見えてきたような気がしています。同期の三年が就職活動をしている中、自分もちょっとは将来のことを考えてみるのもいいかなと思った今日この頃でした。そこで来年は1つ1つの事柄について自分なりのビジョンなり目標と計画性を持って臨んでいきたいと思っています。

今回が年内最後の日誌になると思いますので、ちょっと早いですが、皆様よいお年を。また最近寒いので体調には気をつけましょう。