失礼致します。甚だ僭越ながら自己紹介させていただきます。私本年度、慶應義塾體育會柔道部並びに慶應義塾大学経済学部1年の堀越空仁と申します。以後よろしくお願いします。初めての部員日誌ということで僕の今までの人生について語りたいと思います。僕の生まれは和歌山県で、その後すぐに父の実家である兵庫県姫路市に移り、18年間姫路で過ごしました。18年も関西にいて、関東に来てまだ1ヶ月しか経っていないにも関わらず、標準語に染まってしまいました。言語の才能があるのかもしれません。小学校は地元の学校に通い、気づけば中学受験をさせられることになりました。当時、周りの友達は放課後遊んでいるのに、僕だけ夜の9時まで勉強させられていたのが苦痛でしかありませんでした。そんな風にいかに勉強を回避するのかに頭を使っていたので、見事第1志望の中学校には100点差で落ちてしまいした。かなりのショックだったのですが、高校で僕と同じ第1志望の学校に僅差で落ちた人にこのことを言うと、大体盛り上がるので結果的には良かったのかと思います。中学は京都府にある洛南高等学校付属中学校に合格し、そのままエスカレーターで洛南高校に進学しました。6年間兵庫から京都に通っていたのですが、かなりキツかったです。新幹線で登校していたのですが、本当に疲れていた日は寝過ごして名古屋を通り過ぎ、新横浜までたどり着いたことがあります。崎陽軒のしゅうまいを先生にお土産として買ってきたので何とかお叱りを避けることができました。中学の頃は勉強を疎かにし、スマホゲームをしていたため本当に怠惰な少年でした。中学2年生の夏休みに、食べてはゲームをして寝て食べてを繰り返していたせいで体重が1ヶ月で10kgも増えました。高校生になって、部活の柔道もまともに行かず(1ヶ月に1回ほど)、勉強もできずにいた自分に嫌気がさしてきて、この頃から猛勉強するようになりました。そのきっかけは高校1年生の定期考査でした。勉強したら案外取れることが分かり、勉強の楽しさに気づき始めました。特に数学と日本史は本当に大好きで、受験期の精神安定剤としてとても活躍してくれました。初めの頃は良かったのですが、高校2年生になっても英語の成績が全く上がらず、段々とモチベーションが下がってきました。周りがどんどん賢くなっていく姿を見て本当に焦りました。小中高同じ学校だった幼なじみの子が、駿台模試の化学が学年1位で、合計偏差値が80をとった時はなんで自分はこんなにアホなんだろうと絶望しました。彼は結局東大理IIIに受かったので僕とは住む世界が違っていたようです。僕も1度でいいので大学を聞かれたら東大理IIIと言ってみたいものです。結局英語に関しては受験期までほんの少し伸びただけで全く安定しませんでした。特に夏に受けた冠模試の英語の偏差値は40で、本当に焦りました。直前期にはメンタルが全く安定せず、自習室やトイレや塾の裏階段でひとりで泣いておりました。受験会場に向かう飛行機の中でさえも泣いておりました。僕はあまり泣かないのですが、受験期は泣いてばかりいたので案外メンタルが弱いのかもしれません。人生で1番辛かった時期でした。ですが、何とか親、塾の先生のサポートもあり無事、慶應義塾大学に合格することができました。支えてくれた方には本当に感謝しかありません。大学に入ってからも勉強と柔道に精進して参りますので、ぜひご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします。
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