こんばんは、環境情報学部3年の林東樹です。先日久しぶりに39.0を超える発熱をしました。夜中も何度も起きて非常に辛く、これはインフルエンザだなと確信して病院に行きましたが、検査するとインフルエンザではなくただの風邪でした。朝方まで高熱だった体温も気づけば平熱まで下がり、台風のように過ぎ去った風邪でした。未だ咽頭痛や頭痛などは多少ありますが、自身の免疫力に感謝したいと思います。昔から疲れが溜まると高熱が出て、体のバランスが整って調子が良くなっていくので、今回もその類のものだったのかもしれません。早く症状を完治させて整った体を手に入れたいものです。
つい最近教習所を卒業しました。この部員日誌で毎回のように触れていた教習所生活ですが、約8ヶ月の激闘の末、無事勝利を収めました。何も考えず、山元選手に連れられて思い立って入校した日吉自動車教室。そんな教習所生活を振り返ろうと思います。
まず、端的に言いますとマニュアルが非常に難しかったです。オートマとマニュアルがあるけど、ま、マニュアル取ればいいかと安直な考えが悲劇を生みました。まず初回のシュミレーターから怪しいと思ったのです。加速したと思ったら思うようにスピードが出ない、そして前に車がいるから止まろうとしたらエンストする。そうです、完全にギアとクラッチを無視して走っていたのです。次の乗車までに覚えればいいと思っていたのですが、遠征も重なり約1ヶ月後に初の実車。一生懸命エンジンのかけ方覚えたのに、実際は鍵回すのではなく、ボタンひとつでエンジンがかかりました。そんなこと知らないので、そこで頭が真っ白になりほかの手順を全て忘れたことに加えて、実際に車が動いてる、ハンドルの操作もアクセルもブレーキも全部自分がやるという当たり前のことに怯えていました。エンスト祭り、教習所内の壁に激突しそうになりながらもなんとか時間を終えるという波乱の幕開けでした。
その後も一向に上手くならず、教習官にたくさん怒っていただきました。でも流石に怒っていただきすぎてこちらも嫌になったので、拒否制度の紙に名前を書いてみました。するとどうでしょう。みるみる運転が上達していきました。私はどうやら怒られるのが苦手のようです。昔から全く変わっていませんね。そんなこんなで、第一段階をなんとか突破しました。運転レベルの低さにより、最短時限数よりも5コマ多く乗車する事ができ辛い日々でした。何回も乗っているのに、下手すぎて項目の完了印が押されなかった時は、これまで誰もした事がないであろう紙全部がこのまま乗車印だけで、埋まってしまうのではないかという心配が生まれましたが、「ここの上にまた紙貼ってあげるから安心して」と言われて安心しました。終わってますね。
第二段階は、路上でした。路上でエンストなんてしたら、確実に後ろから追突されると思い、毎日腹を括って臨んでいました。しかし、考えているよりも路上は楽しいもので、なんと言ってもスピードが出せる。教習所内のように何台も詰まる事がなくて非常にスムーズでした。(クラッチを使えなかったため、教習所内で前が詰まった時にはどうしたら良いかわからなくて1人でブレーキ踏んでエンスト祭りを開催していました。)
難しい点としては、曲がる時の減速チェンジが挙げられます。スピードを出すのは好きなのに落とすのが苦手。というよりは沢山のことを一緒にできないため、ウィンカー出してスピード落としながらクラッチ踏んでギア変えてクラッチゆっくりあげて、それと同時に歩行者の確認もしてと至難の業でした。
また、たまに赤信号で平気で渡ってくる人がいたり、教習車だと思って、こちらを甘くみて無理やり前に入ってくる人がいる時は、ああこれが路上の洗礼かと沢山受けておりました。上達するに連れて、曲がる際に赤信号で渡る人をじっくりと見つめること、前に無理やり入ってこようとする車を少し加速して牽制して入れないといったように対処する事ができるようになりました。赤信号で横断歩道を渡るなどは車視点では非常に怖い事なので、皆さんも気をつけてください。
卒業試験は、路上の運転と場内の方向転換でした。路上の運転は難なくクリア。(路上に駐車する時に気持ち入りすぎて少しだけ縁石に擦りました。少しだけ。教習官苦笑いしてました。)場内課題も少し片側に寄っていたので、しっかり幅寄せして見事にクリア。我ながらお見事でした。
晴れて教習所は卒業となりました。次回は栃木県に帰って、免許の本免試験を受けて合格すれば免許が手に入ります。頑張って合格したいと思います。
ここまで読んでくださった方で、私の運転で遠出をしたいなんてことを言う人はいないと思いますが、もしいればお声掛けください。一緒に戦いましょう。
終わり。

