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2026

梔子

お世話になっております。商学部3年の大月楓です。

初夏とは思えないほどの暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。夏の到来を肌で感じる今日この頃、少し憂鬱な気分になる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、様々なイベントが控えるこの季節を迎えるにあたり、私は「I’m too happy.」な気分です。実はこの「I’m too happy.」、今回の題名である「梔子(クチナシ:Gardenia)」の花言葉なのです。私はいつも、季節に合った花や、その時の気分に合う花言葉を持つ花の和名を、部員日誌の題名に選んでおります。手軽にそれっぽい題名がつけられるため、この方法はとても気に入っています。

さて、その梔子は、金木犀(キンモクセイ)、蝋梅(ロウバイ)、沈丁花(ジンチョウゲ)とともに「四大芳香木」の一つに数えられます。実は、この中の一植物がこれからお話しする「香木」の歴史とも深く関わってくるのですが…そんな話題から、私の中で受験期の古い記憶が蘇りました。皆様は「伽羅(きゃら)」をご存知でしょうか(国名の加羅ではございません)。伽羅は日本史にも登場し、沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)と並ぶ代表的な香木です。香木とは広くは樹木から採れる香料を指しますが、主にこの3つを指すことが多いです。

白檀は原木のままでも芯材に芳香がありますが、沈香や伽羅の原木には本来香りがありません。樹木が傷ついたり菌に感染したりした際、自己防衛のために分泌した樹脂が長い年月をかけて凝結・熟成することで、初めて特有の香りを放つようになります。木は本来水に浮きますが、樹脂が密に詰まることで比重が重くなり水に沈むため、「沈」という字を用いて「沈水香木(じんすいこうぼく)」とも呼ばれます。先ほど挙げた沈丁花と同じ「ジンチョウゲ科」の特定の樹木が、主に東南アジアの熱帯林で何十年、何百年とかけて作り出すものであるため、人工的に短期間で再現することはできません。

その沈香の中でも、ベトナムの限られた地域からごくわずかに産出される最上級のものが「伽羅」と呼ばれます。その希少性の高さから「香木の王様」とも称され、古来よりその価値は金に等しいとされてきました。

この香木の最高峰、あるいはそれ以上の存在として日本の歴史や権力の象徴となり、特別な意味を持っていたのが、天下の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」でしょう。蘭奢待は奈良の東大寺正倉院に収蔵されている現存する名木で、奈良時代の聖武天皇の時代に伝来したとされています(正式な目録には『黄熟香(おうじゅこう)』と記されています)。「蘭奢待」という風雅な通称は、文字の中に「東・大・寺」の三文字が隠されていることに由来すると言われていますが、その命名者については今なお謎に包まれています。

この蘭奢待は、歴史上の名だたる権力者たちによって一部を切り取られてきました。これまでに足利義満、足利義教、足利義政、織田信長、長年の空白を経て明治天皇などが切り取ったとされています。ちなみに徳川家康については、「切り取ると不吉なことが起こる」という言い伝えを恐れて現物を確認するにとどめたという公式記録がある一方で、実は密かに切り取ったのではないかという説もあり、歴史のロマンを感じさせます。

また、織田信長による切り取りは、これまでは「天下人の横暴な振る舞い」というイメージで語られることが多かったのですが、近年の歴史研究によると、信長はきちんと過去の先例を調べた上で手続きを踏み、東大寺側にも十分に配慮して平穏に切り取りを行ったことが分かっています。信長はその数日後に茶会を開き、千利休(宗易)や津田宗及といった茶人に蘭奢待を分け与えることで、自らの権力を周囲に知らしめました。下って明治時代には、明治天皇も行幸の際に切り取りを命じ、その場で香り(聞香)を楽しまれたという記録が残されています。

このように、奈良時代に渡来したとされる蘭奢待は、歴代の足利将軍から織田信長、そして明治天皇に至るまで、時の権力者たちが一部を切り取ることで自らの力を誇示する「政治的な象徴」でもありました。現代を生きる私たちからすると、一つの香木がこれほど大きな政治的価値を持つというのは不思議な感覚かもしれません。しかし、だからこそ私は受験期にこの蘭奢待の歴史を知った際、非常に強い興味を惹かれました。今回はその時の興奮を思い出し、つい長々と綴ってしまいました。

拙い文章をお読みいただき、ありがとうございました。 いよいよこれから本格的な夏が始まりますが、体調に気をつけつつ、全力で楽しんでいきましょう!


WRITER:大月楓
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