直近ではミラノ・コルティナで冬季オリンピック2026が開催されておりました。開催期間中は毎日のように日本人選手の活躍がニュースで飛び込んできて、やはりスポーツの明るいニュースは人々の心を豊かにするものだと感じました。
以前家族から聞いた話によると、私の名前である「嵩琉」という漢字も母親がスノーボードをしていたことから、山という漢字を入れたく、名付けたという由来があったようで、本吉家はかなりウィンタースポーツ一家です。
私自身も3歳から約7年間程スノーボードをしていた期間があり、柔の道に進んでいなかったら、スノーボーダーになっていた世界線もあったかもしれません。久しぶりゲレンデを滑りたい気分になりました。ご無沙汰しております。環境情報学部2年本吉嵩琉です。
この度関西・九州遠征を完走することができました。
今回の遠征を通して、私の柔道に対する価値観というものが完全に変わりました。今回の遠征では、俗に言う進学校に訪問稽古させていただきました。
そこで感じたのは、限られた環境の中で、限られた人数で最大限の工夫が施され、稽古に励む組織の素晴らしさです。正直、今まで柔道に取り組んでいる学生は、強くなるために柔道をやっているという認識でしかありませんでした。
ですが、たくさんの高校生と話していくうちに、単純に「なんとなく」や「他にやることが勉強くらいしかないから」という学生も多数いました。しかし、そのように話していた学生も稽古が始まってしまえば、目を輝かせ、汗を柔道着の袖で拭いながら、相手にむかっていきます。そんな姿に今までにない柔道の在り方を感じました。具体的な言語化は難しいですが、これを約13年間柔道をしてきた今に学べたことに感謝でしかありません。
また、私は新たな分岐点に立たされているように感じます。
新型コロナウイルスで大会が全て中止になった中学ラストシーズン。
同郷で同級生のライバルに大外刈りでぶん投げられた選手権予選決勝戦。
1番時間をかけて作った技を返されて反則負けになったインターハイ予選。
自分が取る場面で取り切れず、大会キャプテンとして活躍できなかった関東大会決勝戦。
振り返ると、私の人生の分岐点は全て柔道でした。そして、本日たまたま同期の山中選手と継続してやりきってからものは形になるよね的な話をしました。話していて、結局なんでも諦めず続けたもん勝ちって結論になりました。
この分岐点も続けた先になにか見えてくるものがあると信じて大事に歩み続けます。やっぱりくさい話は苦手なので、黙ってコツコツやります。
諦めないのがオレの魔法だ!!!!
ご精読ありがとうございました。
