平素よりお世話になっております。法学部一年の真田優誠です。年も改まり、寒気いよいよ厳しき折ではございますが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。私に関しましては、塾高時代三年間を経て、久方ぶりに実家にて正月を迎えることができ、その有難さを事実として、また評価として、日々実感しております。
さて、現在慶應義塾大学には、定期試験という名の法的紛争が、総数八件提起されております。これらはいずれも回避不能かつ一方的に期日が指定される点において、学生側に著しく不利な契約であると言わざるを得ません。
「人生において学校で受ける試験も、残すところあと七回である」と考えれば、一見すると寂寥の情を禁じ得ません。しかしながら、そのような感傷は、目前の試験という具体的危険を前にすれば、もはや法的保護に値しない感情であると判断せざるを得ません。
そもそもテストとは何か。
勉強していなければ「何もしていない」という事実に基づく焦燥感が生じ、勉強していれば「成果を適切に発揮できるか」という将来不確定性への不安が生じる。このように、勉強の有無にかかわらず精神的損害が発生する点において、テストは極めて不法行為性の高い制度であると評価できます。
この点につき、同期の麻生くんが示した見解は示唆に富みます。曰く、「テスト勉強は、始めるから難しくなる」。当該命題は一見すると逆説的ではありますが、勉強開始によって義務の存在を認識し、その結果として心理的拘束が発生する点を考慮すれば、一定の合理性を有すると言えるでしょう。私はすでに「勉強が必要である」という認識を取得してしまっている以上、この緊張およびプレッシャーから解放される余地はなく、いわば不可逆的な法的地位に置かれているのです。
テストまで残り一週間。しかしながら、テスト休みという救済措置は制度上存在しません。よって、現時点で採り得る最善の方策は、すべてを一週間後の私に委ねることであると結論づけます。以上より、当該一週間後の私に対し、最大限の善処を期待します。
頑張れ、俺。
