平素よりお世話になっております。法学部一年の真田優誠です。桜が咲き誇り心和む季節を感じている今日このごろですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。柔道界では選抜体重別選手権が開催されており、幼いときは遠い存在だった人たちの舞台が、今ではよりリアルに感じられるようになりました。

すべてがわかるわけではもちろんないのですが、そこに向かう人たちの気持ちや覚悟が伝わってくる試合の連続だと感じました。幼い頃はただ「強い」「すごい」と思うだけでしたが、今は力の使い方や技の作り、組手の意味など、以前は感じることができなかった部分を感じられるようになり、そこに自分自身の少しの成長を感じるとともに、その舞台に出ることができない悔しさも同時に感じました。

私は最近、試合で強い選手とは何かということを度々考えています。それはやはり「どうしようもなさ」なのではないかと思います。強い選手と練習試合をしていて感じるのは隙の無さです。試合をしていてチャンスを感じる場面は多くあり、それがあると気持ちも繋がるのですが、強い選手は最終的にどうしようもない形に持っていかれてしまいます。それはパターンの中にはめ込む上手さであり、技の熟練度であり、組手や間合い、試合運びを含めた総合的な力だと思います。

とりあえずはパワーが必要だなとは思います。

パワーだけでも勝てず、技術だけでも勝てず、その両方を高いレベルで持っている選手が強い選手なのだと感じています。だからこそ、日々の稽古の中で技の精度を上げることと、フィジカルの強化の両方から逃げずに取り組んでいきたいと思います。

また、強い選手ほど基本を大切にしているように感じます。派手な技だけでなく、崩しや組手、姿勢や足の運びなど、一つ一つの基本の積み重ねが最終的に「どうしようもなさ」につながるのだと思いました。