こんにちは。2年の五十嵐です。先週は台風19号が日本列島を横断しました。皆様御無事でしたでしょうか。私の自宅は海にも川にも近く、吹き荒れる風と雨にヒヤヒヤしながら過ごしていましたが、なんとか家の前の道路が冠水する程度ですみました。自然は怖いですね。

 

今回は私が最近読んだ本を紹介したいと思います。それは「言い訳ー関東芸人はなぜM1で勝てないのかー」という本です。題名からしてマニアックな雰囲気がありますね。この本は塙宣之さんが書いたものです。彼のことを知らない人もいると思うので少し紹介すると、マセキ芸能社、漫才協会所属、落語芸術協会所属の漫才コンビナイツのボケ担当で、昨年のM1グランプリ(後述しますが漫才日本一を決める大会)では審査員にも抜擢された正統派漫才師です。この本は題名どおり彼の芸人人生と過去のM1グランプリから、大会の特性、勝負の仕方、漫才の構成や作り方、多くの芸人のネタの分析、そして題名にあるようにM1でなぜ関東出身の芸人が苦戦を強いられるのかを分析した、漫才に興味がある人は読んで損はない、この本片手にM1第一回大会から見たい、という気持ちになる本です。

M 1グランプリは、2001年から開催されている吉本興業が主催する漫才のコンクールです。漫才には大きく分けて二種類の型があると言えます。1つは王道と呼ばれる、日常会話の延長線上に笑いを生みだすしゃべくり漫才と「コンビニの店員やりたいから練習させて。」というような漫才の中にコントの要素を入れ込むコント漫才があります。漫才の勢力図は今も昔も西高東低で、しゃべくり漫才という関西芸人の主戦場で関東芸人が戦っても関西芸人にはなかなか太刀打ちすることができない、それは何故なのか、それを過去の関東芸人たちはどう解決してきたのか、そしてこれからどう戦うのか、とても勉強になります。

何故、関西と関東で違いが出るのか。それは文化や歴史等様々な要因が考えられますが、1つの要因として言葉の違いが挙げられます。日本国内で同じ日本語でも方言によって気持ちの乗せ方、伝わり方が大きく違います。東京の言葉は誰もが聞きやすく、諍いが起きないよう感情を読み取られにくい言葉として発展してきたため感情を乗せにくいらしいです。それに比べ関西の言葉はフランクで気持ちが伝えやすい感じがします。「とても好きです」よりも「めっちゃすきやねん」の方が感情が伝わりやすい気がします。このため漫才の母国語は関西弁なんて言われています。ちなみに、博多弁の「すいとーばい」なんて可愛すぎます。この方言の違いだけで伝わり方や感情の違い漫才のテンポ、間、雰囲気、構成まで関わってきます。ここで紹介した言葉の違いだけではなく、思っている以上に様々な要素が絡み合っていて創り出される漫才はとても魅力的です。

この本の中で私が最も印象に残っている文章があります。『人類が芸術を生み出したのは、言葉では伝えきれない思いを作品で表現しようとしたからです。芸術家が感動した時、それが「感動」という言葉で足りていたら、絵画も音楽も創造し得なかったと思うのです。漫才師も同じです。人間の「おかしさ」をおかしいと言うだけでは伝え切れないから、ネタを思いついたのです。漫才という話芸が誕生したのです。深いところからお客さんの感情を揺さぶり続けるために漫才師ができること。それは優れたネタを考え続けることしかないと思います。』この文章を読んだ時、言葉に表すことのできない何かに胸をグッと捕まれました。人間の「おかしさ」の表現方法としてネタを作り、漫才という形でお客さんへ伝え、感情を揺さぶる。それは最近話題のラグビーや男子バレーのW杯を見たり柔道や総合格闘技を見ていても同じものを感じます。その選手の今までの人生や競技に対する姿勢、賭けているものの重さ、の表現方法として試合の中でパフォーマンスし、結果として見ている人の感情を揺さぶる。このような側面から見たら漫才もスポーツも同じなのだと思いました。

 

さて、今年も残すところあと3ヶ月をきりました。今週末に全日本体重別団体戦、その後講道館杯、早慶戦と、私はどの大会も出場できませんが、1人でも多くの人が勝ち残り、慶應の勝利につながるよう応援したいと思います。