こんばんは、いや、おはようございます。練習から帰ってきて爆睡し、変な時間に起きてしまった井口です。本日は実家の布団の中からお送りします。

さて、私ももう3年生、自己紹介を書いた最初の部員日誌はもう2年前、大学生活は折り返し、先輩よりも後輩が多い、そんな時期に差し掛かってまいりました。ということは、そう、大学生活の超ビッグイベント「就活」が目前に控えております。控えているというか始まってしまっています。慶應の柔道部ではない学生や、僕の周りの友達は企業説明会等に参加していてインターンシップや自己分析がどうのこうのと騒がしくなってきました。正直、焦るのでやめて頂きたいです。しかし、いつまでも現実から目を背ける訳にはいかないので私も心を入れ替え自分が何をしたいのかなんとなく考えるぐらいはしようかなと思って1ヶ月経ちました。「自分が将来なにをしたいか」を考えるのは実は結構難しく、1ヶ月経っても答えは出ません。振り返れば今までの人生、「柔道」と「勉強」の強固な二軸で進路を決めてきました。慶應義塾大学に入学するまでのプロセスではこの明確な軸があり、慶應義塾ではその軸、というか欲求が満たされ次の進路の軸探しにおいて完全に迷子になってしまっています。今回は私の頭の整理のためにも過去を少し振り返る部員日誌を書こうと思います。

私が進路を決めるタイミングで2回受験という勝負をしました。1回目は小6、2回目は高3です。小学校の時はあまり柔道で勝ちたいとは思っていませんでしたが地元の中学に進んでもまともに活動できない為、将来の選択肢を残しつつ柔道に取り組める中学校に行きたいと考えるようになりました。その目的を達成する為、当時小学5年だった僕は親に毎日怒鳴られ殴られ泣きながら勉強していました。とんでもなく苦しかったですが、今考えたら親の方が苦しかったと思いますし、心を鬼にして受験をサポートしてくれたことはすごく感謝しています。中学受験の地獄の2年間の中で私は人間の適応能力に驚かされました。どんなに厳しい状態でも防衛本能なのか途中から感覚が麻痺し、楽しくなってきます。取り組む前は嫌悪していたこともいざ始まってしまえばなるようになるしかないのです。あんなに大嫌いで苦手だった勉強が途中から気持ちよくなってくる経験を通して、何かに挑戦すること、リスクをとって行動することに抵抗がなくなりました。おかげで大学受験はどんな状況でも一度も辛いと思うことなく第一志望の慶應合格を勝ち取り終えることが出来ました。ただ、受験と就活の決定的な違いは合否の基準が点数ではなく人物象であることです。受験はどんなに性根が腐ったやつでも、どんなに態度が悪いやつでも点数さえ取れば、面接さえ通れば受かります。つまり、合格までの道筋が既に明確で、ただひたすらに求められる量以上の努力さえすれば勝てる勝負です。しかし就活は井口虎太郎という人間が何者でどんなやつで何をして生きてきたのかを問われる上に点数という明確な基準ではなく、人事の方の主観という曖昧で不確実なある種の「好み」で判断されます。かと言って前回の部員日誌で書いた八方美人に陥り、企業に合わせて迎合的人物像を演出すると、取り繕った感がムンムンに出てしまい結局落とされると会社で人事を務める両親に言われました。このバランスが非常に難しいと感じるばかりです。また時間をかけて自分のことをよく知る必要があるなと今、部員日誌を書きながら痛感しています。頑張ります。

話は変わりますが今週末には東京都学生が待ち構えています。この日に全てをかけて部員一同努力を積んできたので、皆様応援のほど是非ともよろしくお願い致します。また眠くなってきたのでゆっくり寝たいと思います。本日はこの辺りで失礼します。

お わ り